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ダーウィンの日記1832年8月26日から28日まで [ダーウィンが行く]

ダーウィンの日記(ラプラタ河以南への巡航)

[日記仮訳]

日曜日(1832年8月)26日
土砂降りの雨で大気には霧が濃いので、測量を続けるのが不可能だった。それで私たちは錨泊している。

海底は岩になっていて従って魚が多い。船のほとんど全員が船から釣り糸を垂れて、短時間のうちに驚くほどの魚が獲れた。私はまたいくらかのサンゴモを採ったのだが、その構造が抜群に面白い。

今日、気圧計が海でどれほど有用であるかを示す素晴らしい実例があった。ここ3、4日晴れが続いている間に気圧が少しずつ下がって来ていた。艦長はそれが上昇を始めた直後になると反対側からの風、南風、が吹くだろうということについて確信を持っていて、それで彼は就寝する前に、気圧計の動きが逆になったら起こすようにとの命令を出したのであった。(このまま翌日の記事に続きます..)

27日
すると[午前]1時に気圧が上がりはじめた。艦長はすぐに総員を号笛で呼び出して抜錨するように命令を出した。1時間のうちに、それまで静かだったのに強疾風が岸に向かって吹き始めた。それで私たちは前もって準備出来ていたことを十分喜んだ。朝までにはしっかりと外洋に出てしまっていて、快適な帆走で風も強いうねりもおかまいなしだった。もし気圧計がなかったなら私たちは多分2時間は余分に錨泊していたことだろう。そうであれば、もし疾風がもう少し強かったら私たちはかなり危険な状況にいることになっただろう。実際の所、海はとても荒れて不規則であり、かなりの縦揺れのため榴弾砲が滑り座から海に落ちてしまった。これだけではなく、引き揚げている時に錨を粉々にしてしまい全く使用できなくなってしまった。夜の間に天候は落ち着き、(このまま翌日の記事に続きます..)

28日
今朝は私たちは再び岸寄りにいた。陸地から2、3海里以内に入る頃には天候はほとんど静まった。しかし大洋からのうねりは常ならず大きかった。これは水深が徐々に浅くなることから予期される事なのかもしれない。浜辺の波頭は比例的に狂暴であった。4分の1海里のところまで海は泡で白くなり飛沫の雲が多くの海里の長きにわたり海岸線を辿っていた。
測量観測をすることは不可能だったので、この宵は再び外洋に出て自然力が静まるまで忍耐強く待つ事になっている。

[天候]
1832年8月26日正午の天候:
東の風、風力2、暗い、霧、雨、全天に雲、気温摂氏11.7度、水温摂氏11.7度。

27日午前4時の天候:
南南西の風、風力7、暗い、全天曇り、雲、スコール、雨、気温摂氏10.6度。

27日正午の天候:
風力6、青空、雲、気温摂氏10.0度、水温摂氏10.0度。

27日午後8時の天候:
南の風、風力7、青空、雲、スコール、気温摂氏8.9度。

28日正午の天候:
東北東の風、風力4、暗い、全天曇り、霧、気温摂氏10.6度、水温摂氏11.4度。

[画像]この付近の海岸..
364323.jpg
出典: http://www.panoramio.com/photo/364323

[地図]1832年8月26日正午のビーグル号の位置..
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8月27日正午のビーグル号の位置 "朝までにはしっかりと外洋に出てしまって.."..

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8月28日正午のビーグル号の位置 "私たちは再び岸寄りにいた.."..

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[参考画像]強疾風の吹き出した海面..
g.jpg
(2006.10.25. 07:35 犬吠埼のやや南の沖 風力7~8)

[日記原文]
Sunday 26th
Torrents of rain & the atmosphere was so thick, that it was impossible to continue the survey. — We remained therefore at anchor. — The bottom was rocky & in consequence plenty of fish: almost every man in the ship had a line overboard & in a short time a surprising number of fine fish were caught. — I also got some Corallines which were preeminently curious in their structure. —
We had to day a beautiful illustration how useful the Barometer is at sea. — During the last three or four fine days it has been slowly falling. —the Captain felt so sure, that shortly after it began to rise we should have the wind from the opposite quarter, the South, that when he went to bed he left orders to be called when the Barometer turned.

27th
Accordingly at one oclock it began to rise, & the Captain immediately ordered all hands to be piped up to weigh anchor. — In the course of an hour from being a calm it blew a gale right on shore, so that we were glad enough to beat off. — By the morning we were well out at sea; so with snug sail cared little for the breeze or the heavy swell. — If we had not a Barometer, we probably should have remained two hours longer at anchor, & then if the gale had been a little harder we should have been in a most dangerous situation. — As it was, the sea was very heavy & irregular, — it fairly pitched our Howitzer out of the slide into the sea. — This was not our only misfortune, as in weighing ship, we tore our anchor into pieces & quite disabled it for use. — During the night the weather moderated &

28th
this morning we stood in again for the shore. — By the time we got within a few miles of the land it was almost calm, but the swell from the ocean was extraordinarily great. — This is what might be expected from the gradual shoaling of the water. — The surf on the beach was proportionally violent: for 1/4 of a mile the sea was white with foam & a cloud of spray traced for many miles the line of coast. As it was impossible to take observations, we are this evening again standing out to sea, patiently to wait till the elements are quiet. —

["ダーウィンが行く"について]
このシリーズで扱っているのはダーウィンがビーグル号に乗っている時の日記です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳しますが日によっては原文全文と注釈または抄訳だけにとどめる場合もあります。抄訳の時はその旨を明示します。
[日記原典] "Charles Darwin's Beagle Diary" ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.

ダーウィンの日記全体の冒頭部はこのブログでは次のページにあります..
http://kozuchi.blog.so-net.ne.jp/2006-10-23


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アヨアン・イゴカー

気圧計の原理が確立されたのは17世紀であるとwikipediaに書いてありました。低気圧と悪天候との関係について、船長は理屈と経験で知っていた訳ですね。興味深い記事です。

四分の一海里に白波が立ったという記述から判断しますと、この海域は遠浅なのでしょうか?
by アヨアン・イゴカー (2008-08-15 11:10) 

さとふみ

フィッツロイ艦長の上司であるビューフォート大佐は現在も気象学で有名なビューフォート・スケール(風力)の考案者ですし、フィッツロイ艦長(後に大佐)もフィッツロイ気圧計を考案した気象学者でもあります。ビーグル号での気圧計の利用は当時の最先端だったと言えます。

海岸にそれほど近づかずに錨泊できるということから考えても遠浅なのは確かだと思われます。


by さとふみ (2008-08-15 18:32) 

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