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コーヒー [フード&ドリンク]







上の画像は喫茶店で出されているコーヒーのものです。

下のほうはトルコ式コーヒーというもので、コーヒー豆を挽いた粉を布や紙で濾していません。つまり右に見える容器、つまりジェズヴェ(Cezve)と呼ばれる小鍋に挽いたコーヒー豆の粉がそのまま入っています。
こうしたトルコ式コーヒー、私もこの画像にあるジェズヴェ(Cezve)と呼ばれる独特の小鍋を持っていて自宅で飲む機会が多くあります。 トルコ式コーヒーの場合、ポイントは、"泡"です。水に極細挽きのコーヒー粉をいれて、この小鍋(ジェズヴェ)でかき混ぜながら弱火で加熱して行くと、次第に表面に泡が出てきます。あたかも煮物の際の"あく"のような感じです。 ところがこれを捨ててはいけません。泡をスプーンですくいとり、小さなカップに移し取ります。コーヒーの方はこの段階ではまだ加熱が足りないので温め続けます。沸騰直前で火からおろして落ち着くのを待ち、上澄みをしずかにさきほどのカップに注ぎます。そして、落ち着いてからしずかに上澄みを泡と一緒に飲むわけです。泡が香り高くかつクリーミーなのです。(泡をすくい取らずにそのままカップに移してしまうと、クリーミーな味わいと香りが出てきません。)

turkisher.jpg




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クリスマス島の海の塩 [フード&ドリンク]

このブログを時々訪れていただいているumikoさんの記事(↓)で、クリスマス島の塩が商品化されていると知りました..
http://blog.so-net.ne.jp/Lovely-jakariko/2007-12-10

それで、早速調べてその商品(塩の方)を手配して入手してみました。比較的細かな粒で写真を撮った段階ではほんのすこし湿り気を帯びたものとなっています(乾かすことはもちろん可能です)。

口に含むと柔らかな塩味でやや苦みを含んでいてしばらく口の中に余韻が残ります。以前にこのブログでとりあげた南米ボリビアのウユニ塩湖のものにくらべるとかなり柔らかい味わいです。
[参考記事:ウユニ湖の塩]
http://blog.so-net.ne.jp/kozuchi/2007-07-15

また、以前に沖縄・与那国島の塩もとりあげたことがあります。
[参考記事:与那国の塩]
http://blog.so-net.ne.jp/kozuchi/2007-08-12

与那国の塩のほうは一口含むと喉のおくまで柔らかい塩味がひろがってふくらみを感じます。印象としては沖縄の海で泳いだ時に口に含んだ海水の味そのままです。
他方、このクリスマス島の塩の方はよりコンパクトな味のひろがり方をするような感覚です。付いて来た小冊子の成分分析表を見ながら与那国の塩の分析表と対比してみますと、与那国の塩との比較においてカリウムの含有量[51.1mg/100g]が一桁少なく、またマグネシウム[157mg/100g]が1/5程度で、他方カルシウム含有量[827mg/100g]のほうがかなり多くて約2倍となっています。成分や味のことはさておき、少なくともイメージ商品としてはクリスマス島の塩は面白みがあるように思います。

キリバス共和国のクリスマス島(Kiritimati)は太平洋のまっただ中赤道近くにある島です。キリバスの首都はタラワ(Tarawa)です。

首都タラワのあるクリスマス島での時間帯はグリニッジ時より12時間進んでいますが、キリバス共和国の中でもこれより東の島の中にはグリニッジ時より14時間進んでいる所もあり、この後者の場合は日本標準時より5時間進んでいます。

この付近は一年の時期に応じて海流の向きが変わることがあるようですが、深海の海水が湧出する場所に近く、ゆえにミネラル分が多いためプランクトンも例えば黒潮本流よりは多いので、水の透明度は黒潮本流上ほどではありませんが、むしろそのため水中からの光線が多く出てくるので色彩の面では黒潮上よりきれいに見えるはずです。与那国は黒潮本流域にあるので沖に出れば与那国のほうがより透明度の高い海水に囲まれていると言えるでしょう。

この(キリバス共和国の)クリスマス島は、キャプテン・クックが彼の第3回航海のとき、1777年のクリスマスをここで過ごしたということで名付けられました。

[引用]
"[1777年]12月24日
水曜日 夜明けの半時間後、北東微東2分の1東に陸地が発見された。近寄ると、この海域によく見られる低い島々のひとつだった。つまり海を内に囲んだ低い砂洲であった。数本のココヤシの木が2、3ヵ所に生えていたが、全体としては島はたいへん荒涼としていた。..水深測量の結果、私はカメを捕まえるために停泊する決心をした。この島はそれに好適な場所であり、住民はいないようだった。そこで、30尋の深さで投錨し、岸全体にわたって恐ろしい波しぶきが上がっていたから、上陸地点があるかどうか調べるためにボートを送った。ボートが戻ってきたとき、乗っていた士官は、ボートで上陸できる地点はどこにもないが、波打ち際の外には魚がたくさんいる、と報告した。..

"[1778年]1月1日
私は、上陸していた全員を帰船させ、捕獲したカメを積み込むためボートを派遣した。これが実行される前に午後も遅くなっていたので、翌朝まで出航するのは適当でないと考えた。われわれはこの島で、両船あわせて約300匹のカメを得たが、平均して約90ないし100ポンドの重さだった。..

"我々はこの島でクリスマスを送ったので、クリスマス島という名前を付けた。"
(クック『太平洋探検』(六)第三回航海(下)、増田義郎訳、岩波文庫)

[地図]
キリバス共和国の首都タラワの位置: 縮尺は適宜変更してください。

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[地図2] 衛星写真地図

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ウユニ塩湖(南米、ボリビア)の塩 [フード&ドリンク]

IMG_0127.JPG

ウユニ塩湖(南米、ボリビア)の塩

食塩は料理の味付けの主役とも言える位置を占めていると言ってよいかとも思うのですが、塩味が濃いか薄いかにはすぐに注意が向くとしても、通常はだしなどの効果もあって、食塩そのもののもっと微妙な味わいを特に意識するということは少ないのではないでしょうか。 食塩と水とはよく意識を集中してみれば、かなり手の込んだものでないなら、料理中である程度まで味わい分けられる気もするのですが(おそらく錯覚)、どちらもそれほど意識されることは多くないように思われます。なお、食塩は単に味付けだけでなく、保存食を作るほとんどの場合には不可欠なものでもあります。この場合、味噌や醤油も"保存食"の中に入れて考えれば、古来必需品として食塩がその重要性における位置づけを受けたのは、この後者の役割による面が大きいのではないでしょうか。

普通に使われている精製塩は食塩の主成分である塩化ナトリウムを99.9パーセントほども含むのですが、その精製塩の方はちょっと口に含んだ時に舌を刺すような刺激があります。一方、海から採った塩はそのままではそのような純度にはならず、舌への刺激もそれほど強くはありません。それはにがり(マグネシウムが主成分)を含んだり、その他カルシウム成分やカリウムなども少量ですが含むので、それらのバランスが微妙な食塩の味わいの違いになって出てくるわけですね。舌にやさしくなるのですが、一方で成分のバランス次第では癖のある味になる場合も考えられます。

ここ10年ほどの間に食塩の専売制が終わり、ついで自由に塩を作ったり販売することが出来るようになって(注:届け出は必要なようです)、世界のいろいろな塩が比較的容易に手にはいるようになってきました。そのようないろいろな塩についての表記("天然塩"とか"自然塩"等)には恣意性がはいるようで、その具体的な意味には注意が必要かもしれません。

さて、今回は南米の広大な塩湖であるウユニ湖からの食塩というのを入手してみました。これはウユニ湖で採られたそのままのものと考えてよいのかと思います。


ちょっと口に含んでみると、刺激の少ないなかなか奥深い味わいがします。購入した際の袋に書いてあった成分は次の通りです(100gあたり)..

塩化ナトリウム 97.38g
水分 0.36g
カリウム 66mg
マグネシウム 62mg
カルシウム 491mg
硫酸イオン 1.31g
鉄 1mg
亜鉛 0.47mg

カルシウムがかなり多く、マグネシウムがやや少ないようですが、ほとんど粗塩と言ってよいのだろうと思われます。硫酸イオンはもともと海水に多いもののようです。全体として塩味の刺激が少なく舌にやさしいです。

ウユニ湖は南米のボリビア西部にある塩の平原です。標高が3656mのところですから、富士山の高さ(3776m)*とそれほど違いませんね。(*注:富士山には現在電子基準点という構造物が建てられ、その高さは3777.5mだそうです。山の高さそのものには影響しません。)
広さの方が1万582平方キロメーターで、琵琶湖(670.33平方キロメーター)よりかなり広い塩で覆われた大地ということになります。琵琶湖との面積比が15.79倍でウユニ湖のほうが広いことになります。周囲の長さ比の見当をつけるために面積比の平方根をとればウユニ湖のほうが4倍(もっと正確には3.97倍)ほどの見当で周囲が長いということになります。もっとも、両者は形が違いますので、これはだいたいの目安でしかありません。
乾期においては全くの塩の平原ですが、雨期には水が張るので、とても広い塩湖と言ってよいわけですね。

成因はアンデス山脈が数千万年前に海の底から隆起したとき、それが急速だったので、昔の海の水が広いくぼみや岩の中でそのまま持ち上げられ、広大な塩湖が乾燥した天候のために水が蒸発して出来たものだとのことで、ゆえにそこに残された塩は現在の海水のものと異なり、人類進化以前の海、つまり人類の活動の影響を受けていない太古の海の塩であるとも言えるというわけです。

ダーウィンがビーグル号で世界周航を行っているときにアンデス周辺での地層の隆起の証拠を見たことが、後に"自然選択による種の起原"(あるいは進化のメカニズム)に考え至る遠因のひとつともなったということを考え合わせると興味深いものがあります。もっともダーウィンはボリビアにまでは行っていません。それはともかく、ボリビアは自然景観において興味深い場所が幾多あるようです。

(ウユニ湖の地図)


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写真のページ↓..
http://www.panoramio.com/photo/458483
http://www.panoramio.com/photo/913159






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プレミアムビール [フード&ドリンク]

プレミアムビール

ここ2,3年ぐらいの間に"プレミアムビール"という言葉がビールを巡る話題の中で聞かれるようになったと思います。これは、主に国産のビールの中でも、原材料としての麦芽やホップの質やその使用比率などにあるこだわりを見せて、酵母も吟味するなど醸造方法にも工夫をこらしたビールということだとされます。多くの場合、麦芽100%で作るようですが、これはかならずしも"プレミアムビール"の要件ではないようです。

(プレミアムビールの詰め合わせ例)

ドイツには"ビール純粋令"(バイエルン;1516年)というのがかつてあって(いまでも考え方は支持されているようですが)、ビールの醸造には麦芽、水、ホップ、(および酵母)だけを用いなければならないとされてきたのは有名です。
他方、アメリカではタンパク質の含有量の多い大麦(の麦芽)から作ったビールよりもタンパク質含有量の少ない大麦から作ったもののほうが好まれたようですが、そのような大麦が少ないので、大麦の麦芽に加えて米やトウモロコシのでんぷんも材料とするようになったようです。日本でも味の好みからアメリカ流に米を材料の一部とすることが一般的になっています。味がすっきりするわけですね。しかし、嗜好というのは当然一様ではないわけで、ドイツ流の麦芽100%を良しとする好みの人も多いので、日本でも麦芽100%のビールを生産しているわけです。
上掲の画像にあるビール以外にもプレミアムビールの範疇にいれられるビールは数多くありますが、一応代表的な日本のビール会社のプレミアムビール4種類ということになります。それぞれ特徴のある味わいを持っています。
以前から供給されながらも、瓶詰め限定、地域限定ということのためにあまり一般的にはなっていないけれどもビール好きの間ではよく知られているビールなどもプレミアムビールと言って良いのだと思います。

写真の中では左から2番目のものが、他と比べて目立った特徴を言いにくいのですが、私自身は好きになりつつあります。やや酸味が強くて泡立ちが思うほどでないということはありますが、味わいが安定しています。これは個人的なものですので、必ずしもお薦めするというわけではありません。何事にも完璧100%ということはないので、それぞれ重点を置くところによって評価が分かれると思う次第です。飲み方の習慣によっても味わい方が異なります。

(付録:YouTubeのコメディー・カテゴリーのヴィデオ↓..よろしければどうぞ。)
http://www.youtube.com/watch?v=ipUANKkWphQ


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"酒は百薬の長"? [フード&ドリンク]

"酒は百薬の長"って..

"酒は百薬の長"とは誰が言ったのでしょうか。それは、公式の記録では王莽 (おうもう;前45年~後23年)ということになります。

王莽は(前漢 前206~前8)の元帝(在位 前49~前33)の皇后の弟の子です。当時盛んになりつつあった儒学を修めて、引き立てなどもあり、出世したのですが、「万端が術策と故意ばかりであった」("漢書")とも言われるような側面があって人気取りをしたとされています。そのようにして博した人気の中、紀元前8年にという名前で帝国を興し、その皇帝となります。ここに、高祖劉邦以来約200年間続いた(前)漢帝国は、王莽による簒奪(さんだつ)によっていったん終わることになります。

彼の事を取り上げる史書というのが(後)漢の時代に書かれた"漢書"であったということもあり、なにかと悪く言われるようですが、儒学的な側面での理想は高く、いにしえのの制度にならったものを実現しようとしたようですが、現実的ではなかったわけです。外征でも失敗を重ねたと言います。
自然災害も当時頻発し、(それゆえということもあるのか)盗賊も多く、さらには赤眉(せきび)軍という漢の治世復興を志向する農民反乱が起きるなど、混乱のなか、王莽の新は西暦紀元23年に滅亡し、後漢が成立するわけです。

さて、王莽は新という国を樹立した直後、古い理想の制度(だとされていた周制)にならって、経済改革を行なおうとします。そのなかのひとつとして、それまで、民間にまかされて統制のなかった酒の醸造売買を国家的にしようとします。

そこで、(簒奪した)帝位にある王莽は詔を発して次のように言うわけです..

"そもそも塩は食べ物の将であり、酒は百薬の長、めでたいあつまりの席になくてはならぬものである。.."(班固,"漢書・食貨志" 永田永正,梅原郁訳、東洋文庫488、平凡社、p.179)

じつは、王莽がこの詔を出す前に当時のいわば国家財政官であった魯匡(ろきょう)という人が次のような進言をしています..

"山林・沼沢・塩鉄・銭貨・布帛(等 注:このあとの細部省略)は、すべて国が統制していますが、ただ酒の醸造売買だけは統制しておりません。酒は天下の美禄であり、帝王が天下をいつくしみ、はぐくまれるためのものです。神をまつり、福を祈るにも、老人をたすけ病人を養うにも、さまざまな儀式の集りにも、酒がなくては行われません。..(途中略)..いま国中の酒をなくしてしまえば、儀式を行ったり、民を養ったりすることはできませんし、放置して何の制限も加えなければ、財貨を浪費させ、民を傷つけることになります。どうかむかしを手本にして官に酒作りをさせられますよう。"(同上、pp.178~179)

これを見ますと、どうやら、"酒は百薬の長"が明示されるのは王莽の詔のなかですが、それ以前に、国家財政官の進言の段階でそれに類した事が言われたのではないかという推測("酒は天下の美禄であり"と記録されている箇所の真意が問われる)がなされます。

いずれにしても、この"酒は百薬の長"という文章、根拠は何処にも示されていませんし、なにか経済改革の過程で役人と政治家が勝手な事を言っただけではないかという印象も受けます。実体のともなわない美辞麗句だったとも考えられますね。

"酒は百薬の長"という言葉、私は真に受けていません。せいぜい濃くはない酒(ビール)を健康を害さない程度に美味しく飲もうと思うだけです。

ここでは余談ですが、民間での酒造りということで思い出すのは、後の時代の事ですが、故郷に帰って晴耕雨読の生活を送った酒好きな詩人として有名な陶潜(淵明;365年~427年)のことです。酒好きとは言っても、彼は主に自分で耕し収穫した穀物で自分で醸造した酒を飲んでいたのですから、むやみな酔っぱらいとはわけが違うようです。


(上古殷(商)の時代に酒を温めるのに用いられた器)

(参考地図:上の写真の器は下記の博物館にあります)

泉屋(せんおく)博古館


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ビール [フード&ドリンク]

最近、刈り入れを目前にした麦畑の脇を通る機会があって、まだ麦秋(旧暦4月)までは4日ほど早いですが、麦からの連想でついついビールの話題を..

中世以降

歴史的にはビール醸造ですぐれているのはイギリスのほうだったともいわれるようですが、やはりドイツは質の高いビールで有名で、近年でもビール生産総量世界第3位、1人当たりビール消費量世界第3位(チェコ、アイルランドにつぐ)だそうです。

中世のドイツ(統一国家ではない)では主に修道院でビールが造られたようで、ドイツの修道院の醸造所の草分けは聖ガレン修道院(現スイス領)で、そこの9世紀に書かれた記録が残っているようです。

12世紀には北ドイツのリューベックやハンブルクといったハンザ同盟都市で市民による醸造がはじまり、例えばハンブルクの中世における富はビールによって蓄積されたとか。

"この港(注:ハンブルク)からでてゆく貨物船には一般の商品といっしょにビールが積み込まれ、オランダ、スエーデン、ロシアに運ばれた。
"ロストックにのこっている14世紀の記録をみると、この港からでる貨物船の積荷の大部分はビールだった。そこからオランダに向った船はデンマークを迂回しなければならなかったが、そこで、しばしばデンマーク人に襲われ、ビールの樽を奪われた。
"ドイツの北西と北東の全体は巨大なビールの貯蔵所と化し、そこに住む人々の思想も感情もすべてがビールにつながっていた。"
(春山行男著「ビールの文化史」、平凡社、1990)

(ハンブルク港ウェブカメラ)
http://www.hafen-hamburg.de/content/view/434/480/lang,de/

ドイツでの三十年戦争(1618-1648)に起因する荒廃の結果、それまであったぶどう園が多く消失し、それも原因のひとつとなって南部バイエルンを含むドイツの広範囲の領域でビールが主流となったと言われます(上掲「ビールの文化史」)。現在ではミュンヘンのあるバイエルン地方はビールの大産地として有名です。
なお、ビアザック(Biersack ビール袋)という姓もあるようですが、これは冗談で作られた姓なんでしょうか。

17世紀から18世紀にかけてヨーロッパにトルコからコーヒーが伝わり、
(トルコ式コーヒー)

特にイギリスでは(茶より先に)コーヒー飲用の習慣が広まり、ドイツでもプロイセンをはじめとしてコーヒーが盛んになりかけます。ところが貿易経済的事情があって、プロイセンのフリードリッヒ大王はコーヒー禁止令(1770年代なかば)を出してビールの方を奨励しています。
作曲家のJ.S.バッハが1734年頃に「コーヒーカンタータ」という作品を書いて、コーヒー好きの娘とそのコーヒーをやめさせようとする父親のやりとりをコミカルに描いているのはよく知られたところでしょう。この場合はストーリー展開で娘の方が一枚上手で、どうやらこれをみるとバッハはコーヒー好きだったということなのかもしれません。

また、バッハの遺産目録には錫製のビアマグ3個が記載されているので、バッハがビールを飲んだ事はほぼ間違いないと考えられます。(注:来客用だった可能性もありますね。) バッハを巡る資料における話題ではこれ以外にビールの事が出て来ないようなのは、ビールがあまりにも当たり前のものだったことなのか..

しかし、やがて、茶、コーヒー、そして飲料品としてのチョコレートの普及によって、「ヨーロッパで最もよく飲んだドイツ人が、最も素面(しらふ)の国民の仲間」に変化してゆくようです。
(参考文献:同上)

Prosit!

(ビットブルガー; 苦みと酸味とがよくバランスしていて落ち着いた味わい)


ザワークラウトや"すぐき"の漬け物 [フード&ドリンク]

ザワークラウトや"すぐき"の漬け物

ザワークラウトというドイツの漬け物があります。基本的にはキャベツを塩漬けしたもので、乳酸菌の作用により酸味を帯びた味になります。主にドイツやオーストリーで盛んに食べられているようですが、一部フランスの東部でもこれを食卓に乗せる地域があるようです。

日本でもドイツ風料理店でソーセージ料理を注文すれば必ずこれがついてきますね。

昔、船で長い航海に出ると、新鮮な食料の不足により、特にビタミンCの欠乏が甚だしくなり、壊血病という病気で苦しむ事が多かったようです。イギリス海軍のキャプテン・クック(James Cook, 1728-1779)は1768年から1771年のエンデバー号による第1回の世界周航において、麦芽汁の医療的な使用、およびザワークラウト(サウワークラウト)を乗員に食するようにしむけること、などで結果として壊血病での死者を出さない初めての世界周航を実現したと言われています。

キャプテン・クック自身の記述:
(注:1768年8月にイギリス・プリマスを出発して、大西洋を横断、南米大陸の南のホーン岬を通って太平洋に出て、さらにそれを渡り、出発から約8ヶ月後、タヒチ島に着いた時の記述です。)

"(1769年)4月13日木曜日..
この時点(注:1769年4月13日)で、病人の表に記載された者はきわめてわずかであり、その者たちもたいして苦痛はなく、船員一同は、まずきわめて健康状態良好であった。これはサウア・クラウト、固形スープ、麦芽などによるところが大きい。はじめの2食品は水兵たちに与え、ひとつは牛肉食の日、もうひとつは禁肉食日に供与した。麦芽汁が麦芽から作られ、船医の判断により、壊血病の徴候がすこしでもある者に与えられたが、この措置と船医マンクハウス氏の注意と手当により、本船ではこの病気の発生をくいとめることができた。はじめ水兵たちはサウア・クラウトを食べようとしなかったので、私は、船乗りたちに実行してかならず成功する手を使った。それは、サウア・クラウトを適当量、毎日船室のテーブルに置いておかせ、士官たちに例外なく食べさせて、あとの者たちには、好きなだけ食べるなり、なにも食べないなり、勝手にさせておくのである。そして、このやり方を一週間つづけたところで、私は船上のすべての者に、制限を課さなくてはならなかった。船乗りたちの気質とは一般にそういうものであって、なにごとにつけ、ありきたりのやり方で与えると、たとえじぶんたちにとってよいとわかっていても、受け入れようとせず、最初にそれを考えついた人の悪口をぶつぶつつぶやくだけだが、ひとたび上官がそれを重視していると見るや、それが世界中でいちばんいいものになって、それを与えてくれた人はりっぱ、ということにあいなるのである。"
("クック 太平洋探検 上"、岩波書店、1992年)

ところで、酸味のある漬け物と言えば、実は京都で地元の人々によく食べられている すぐき という漬け物があります。これはかぶの変種のすぐき菜という京野菜を調味なしで漬けて乳酸発酵させたものです。極めて自然な漬け物です。京都でお漬け物をお買い求めの際はひとつこれを加えてみてください。


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