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ダーウィンの日記1832年7月23日 [ダーウィンが行く]

ダーウィンの日記(モンテビデオへ)

[日記仮訳]
(1832年7月)23日
一日中[ラ・プラタ]河の方へ遡っていた。そして夜になって今は錨泊している。おおよそのところ北岸から4ないし5海里の所にいる[注]
[注]4~5海里は7.4km~9.3km。

こうして見てみると[北岸は]かなり一様な外見を呈していた。砂の岸の長い直線の上に緑の草地の斜面があった。この上で牛の大きな群れが食んでいるのが望遠鏡を通して見えた。輪郭の連続性を1本の木も遮ることがなかった。わずかに1軒の小屋を認めた。その近くに"囲い[コラル;corral]"つまり杭による囲い込みがあった。このことについてはパンパの旅行者全てによって頻繁に言及されている。
明日になってもまだモンテビデオには到達できないようだ。

[注釈]
1832年7月23日正午の天候:
変わりやすい風、風力4、曇り、暗い、気温摂氏10.6度、水温摂氏13.3度。

[地図] プラタ河口附近(モンテ・ビデオの近く)

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[参考画像]ラ・プラタ河口の衛星写真..
riodelaplata.jpg
出典: http://earthobservatory.nasa.gov/Newsroom/NewImages/images.php3?img_id=16385

[日記原文]
23rd
All day we have been beating up the river, & now at night are come to an anchor. — We were generally at the distance of four or five miles from the Northern shore. —
Thus seen, it presented a most uniform appearance. — a long straight line of sandy beach was surmounted by a sloping bank of green turf. — On this viewed through a glass were large herds of cattle feeding. — Not a tree broke the continuity of outline: & I only observed one hut, near to which was the Corral or enclosure of stakes, so frequently mentioned by all travellers in the Pampas. —
I am afraid we shall not even tomorrow reach M. Video. —


["ダーウィンが行く"について]
このシリーズで扱っているのはダーウィンがビーグル号に乗っている時の日記です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳しますが日によっては原文全文と注釈または抄訳だけにとどめる場合もあります。抄訳の時はその旨を明示します。
[日記原典]
"Charles Darwin's Beagle Diary" ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.

ダーウィンの日記全体の冒頭部はこのブログでは次のページにあります..
http://kozuchi.blog.so-net.ne.jp/2006-10-23


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コメント 5

TaekoLovesParis

ダーウィンの日記と同じ日付になさっていらっしゃるんですね。
でも、南半球だから気温6℃なんですね。
by TaekoLovesParis (2008-07-22 22:58) 

さとふみ

そのうち日付はずれてゆくかもしれません。
by さとふみ (2008-07-23 05:04) 

toraneko-tora

我が家へお見えいただき有難うございます
ただ今、取り急ぎお礼に伺いました
これからも時々お邪魔します よろしくお願いします
by toraneko-tora (2008-07-23 06:18) 

momo

アイコンかわったのですね^^
びっくりしました~
by momo (2008-07-23 06:51) 

さとふみ

アイコンの夏休み。
(このまま続いたりするかな?)
by さとふみ (2008-07-23 08:37) 

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