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ダーウィンの日記1832年1月6日 [ダーウィンが行く]

ダーウィンの日記
[注釈]
1831年12月27日にプリマス湾を出発したビーグル号は、この日付においてカナリア諸島のテネリフェにまもなく到着しようとしているところです。カナリア諸島はアレクサンダー・フォン・フンボルトの著述によってダーウィンにとっては憧憬の地でした。

[仮訳]

"(1832年1月)6日

"夜のうちに進路を変えて夜明けには南西12海里に位置するテネリフェが見えてきた。微風の中を数海里にわたってサンタ・クルスまでタッキング[風上に向かう折り返し航法]をしている。サンタ・クルスはこの距離からだと白い家が平らに並んだ小さな町のように見える。

"ナガ岬[原文"Point Naga"; これはAnagaのことと思われます]を私たちはまわっているが、それは岩だらけのそびえるような人の住まない高い岩の塊で顕著に力強い変化に富む輪郭を持っている。それを描こうとすれば真っ直ぐな線を書く事が出来ないだろう。

"何もかもが美しい外見を持っている。色彩はかくも豊富で柔らかい。頂上と言おうか砂糖の塊[のようにみえる形]がちょうど雲の上に出ている。それは私が探そうと見当をつけた高さの2倍のところにそびえている。稠密な雲の堤が雪の頂上をその岩だらけの基部から分離している。

"今大体11時だ。で、私はこの長く待ち望まれた私の野心の対象をもう一度見つめなければならない。"

[注釈]
アレクサンダー・フォン・フンボルトの熱帯地方の紀行文からかねがね強く感銘を受けていたダーウィンにとってはカナリア諸島のテネリフェ島は憧れの土地でした。彼にとっては待ちに待ったテネリフェ到着だったわけです。ところが、なんと、イギリス本国でのコレラの発生の知らせが島の防疫当局に届いていたようで、ビーグル号には患者はいないのですが、検疫のため12日間の港からの徹底した隔離が課せられることになり、サンタ・クルスへの上陸を差し止められてしまいます。フィッツロイ艦長はここで時間を無駄にするわけにはいかないということで、テネリフェ(カナリア諸島)を去り、ベルデ岬諸島に向かって進む事を決断します。テネリフェを楽しみにしていたダーウィンにとっては気の毒なことでした。
なお、この日正午の天候は、西の風で風力2、青空で所々に雲があり、視界良好、気温華氏66度(摂氏18.89度)、水温華氏68度(摂氏20度)であったとフィッツロイ艦長の記録にはあります。

[仮訳(続)]

"ああ、なんということだ。私たちがサンタ・クルスの半海里以内のところに錨を下ろす準備をしていたちょうどそのときボートが脇に来て私たちにとっての死刑執行令状を持って来たのだ。領事は私たちが12日間の厳格な隔離に服さねばならないと宣告した。それを経験した事のない人はそのことがどれほどみんなに意気消沈を起こさせたかほとんど考えられないだろう。

"かくして、私たちは最高の好奇心を呼び起こすすべての対象に十分近い所に来たその時に、世界で最も興味深い場所のひとつを離れたのだ。茶色で荒涼とした丘を区分けする切り立った谷は所々明るい緑色の植生で斑状となっていて、私にとっては新奇な様相の景観を示していた。同様の地帯の火山性の島々はしかしながらかなり同様の特性を持つだろうと想像する。

"今日甲板上では[他の乗組員たちによって]この眺望は他の場所特に西インド諸島のトリニダードに似ているとして比較されていた。サンタ・クルスは一般に不細工で面白くないとして非難されているが、私はかなりその逆の印象を受けた。派手な色彩の白黄色と赤の家;東方的に見える教会、上に翻る明るいスペインの旗のもとの黒っぽい砲台、といったものはすべてみな絵のように美しかった。傾斜したマストの小さな商用船と火山性の岩というその壮大な背景の組合わせは最も美しい絵となっただろう。

"しかしそれは過ぎた。明日の朝、私たちはたぶん周囲の丘の灰色の輪郭だけを見る事になるだろう。しかし私たちは今のところ町からわずか2、3海里の所にいるのだ。

"今、大体[午後]10時だ。ここ数時間私たちは穏やかな所にいる。夜が私たちの悲しみをなだめるために最善を尽くしている。大気は静かでかぐわしく暖かい。唯一の音は船尾にさざめく波と、マストの周りで所在なげにはためく帆のものだ。

"すでに私は熱帯の夜へのフンボルトの情熱を理解できている。空はかくも澄明かつ高遠で、星々は数えきれないほどの数で輝いていて、まるでそれらは小さな月達がその煌めきを波間に投げかけているようである。"

[地図]
テネリフェ島サンタクルス港の沖(艦長記録には緯度は書いてありますが経度記入がないので、この地図での経度はダーウィンの記述に基づいて推測した任意のものです)..

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[画像]
アレキサンダー・フォン・フンボルト

アナガ(Anaga): テネリフェ島北東部

テネリフェ島とテイデ山(3,718 m)

[日記原文]
6th
After heaving to during the night we came in sight of Teneriffe at day break, bearing SW about 12 miles off. — We are now a few miles tacking with a light wind to Santa Cruz. — Which at this distance looks a small town, built of white houses & lying very flat. — Point Naga, which we are doubling, is a rugged uninhabited mass of lofty rock with a most remarkably bold & varied outline. — In drawing it you could not make a line straight. — Every thing has a beautiful appearance: the colours are so rich & soft. — The peak or sugar loaf has just shown itself above the clouds. — It towers in the sky twice as high as I should have dreamed of looking for it. — A dense bank of clouds entirely separates the snowy top from its rugged base. — It is now about 11 oclock, and I must have another gaze at this long wished for object of my ambition.-

Oh misery, misery — we were just preparing to drop our anchor within 1/2 a mile of Santa Cruz when a boat came alongside bringing with it our death-warrant.- The consul declared we must perform a rigorous quarantine of twelve days. — Those who have never experienced it can scarcely conceive what a gloom it cast on every one: Matters were soon decided by the Captain ordering all sail to be set & make a course for the Cape Verd Islands. — And we have left perhaps one of the most interesting places in the world, just at the moment when we were near enough for every object to create, without satisfying, our utmost curiosity.- The abrupt vallies which divided in parallel rows the brown & desolate hills were spotted with patches of a light green vegetation & gave the scenery to me a very novel appearance.- I suppose however that Volcanic islands under the same zone have much the same character. — On deck to day the view was compared as very like to other places, especially to Trinidad in West Indies. — Santa Cruz is generally accused of being ugly & uninteresting, it struck me as much the contrary. The gaudy coloured houses of white yellow & red; the oriental-looking Churches & the low dark batteries, with the bright Spanish flag waving over them were all most picturesque. — The small trading vessels with their raking masts & the magnificent back ground of Volcanic rock would together have made a most beautiful picture. — But it is past & tomorrow morning we shall probably only see the grey outline of the surrounding hills.- We are however as yet only a few miles from the town. — it is now about 10 oclock & we have been becalmed for several hours.- The night does its best to smooth our sorrow — the air is still & deliciously warm — the only sounds are the waves rippling on the stern & the sails idly flapping round the masts. —

Already can I understand Humboldts enthusiasm about the tropical nights, the sky is so clear & lofty, & stars innumerable shine so bright, that like little moons they cast their glitter on the waves.

["ダーウィンが行く"について]
このブログのシリーズで扱っているのはダーウィンがビーグル号に乗っている時の日記です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。いまのところ全文を翻訳してみてますが、今後1日の日記記事が長くなる場合、原文全部と注釈または抄訳だけにとどめて、必ずしも全文訳をしないことも考えられます。
[日記原典]
"Charles Darwin's Beagle Diary" ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.



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とよっち

the sky is so clear & lofty, & stars innumerable shine so bright, that like little moons they cast their glitter on the waves.
最後の言葉、いいですね。
by とよっち (2008-01-06 09:04) 

umiko

☆の光が煌めいていて きっとロマンテックなんでしょうね。
by umiko (2008-01-06 09:51) 

さとふみ

とよっち さん..

この宵(1832年1月6日夜)は月齢が3.5ほどで、ここでのビーグル号の経度では時刻がグリニッジ時より1時間05分ほどおくれた時間帯ということになりますが、その場合、日記の6日づけの記事の後半部分を書いた現地時での時刻が午後10時半すぎとして考えると、月が沈んでから約2時間たった頃でしたから、星の光が特に強く見えたと思います。
by さとふみ (2008-01-06 15:31) 

さとふみ

umiko さん..
星の光が強いだけでなく、また、気候面でも例えてみれば冬の屋久島の気温程度の暖かさなので、冬のイギリスから来たばかりのダーウィン達にとってはさらに心地良かっただろうと思われます。
by さとふみ (2008-01-06 15:33) 

SAKANAKANE

今迄とは明らかに違う饒舌さに、ダーウィンの興奮が分かりますね。
by SAKANAKANE (2008-01-06 19:50) 

さとふみ

これ以後、語数の多寡はともかくとして、日記の雰囲気が一変します。この後も何度か変化があるのですが、その節目のひとつです。体験によるダーウィン(出発時22才)の成長がくっきりと現れるものですね。
by さとふみ (2008-01-06 20:05)