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ビーグル号余話 [ビーグル号]

ビーグル号余話

フィッツロイ艦長の指揮のもとにほぼ5年間の年月をかけて各地の測量をしながら世界周航を行ったビーグル号(HMS Beagle)ですが、その航海ではダーウィン(Charles Darwin)が博物学者および艦長の話し相手として乗って、それが後に"自然選択による種の起原"の理論を生み出すための重要な契機となりました。このブログのはじめのほうで、そのダーウィンの"ビーグル号日記"というのを読んできました。

そのビーグル号について次のようなうわさ話が一時期流布しておりました。つまり、ビーグル号は後に売られて日本の薩摩藩の"乾行(けんこう)"という艦となったというものです。この話は岩波文庫の"ビーグル号航海記"の訳書にも訳者による説明のなかに一説として載っていますのでご存知の方も多いかと思います。

しかし、これは"HMS Beagle"という名前の船が歴史上複数存在したということによる混同なんですね。イギリスでは艦名を別の艦に受け継ぐ風習があるようで、例えば試みに昔の帆船の名前でネット上で画像検索をしてみると当面こちらには用もない原子力潜水艦の画像が出て来たりします。

このブログの先の方でダーウィンの乗ったビーグル号という船そのものについてとりあげたことがありました。
http://blog.so-net.ne.jp/kozuchi/2007-03-11
そこで参照文献として掲げた
Keith Stewart Thomson, "HMS Beagle", W.W.Norton, 1995, New York/London
という本の付録Bによれば、ビーグル号(HMS Beagle)という名前の船が歴史的には少なくとも9隻存在していたとのことです。

それによれば、
1) 1766年頃建造のボンベイ海兵隊(当時の呼び名)の艦、
2) 1808年建造で、ナポレオン戦争で功があり、"ゴールデンビーグル"とニックネームの付いた艦、383トン、
3) ダーウィンの乗った、かの有名なビーグル号で1820年建造、1870年売却
4) 1854年進水のスクリュー駆動の蒸気船(477トン)、クリミア戦争で働き、1863年に香港で売却、後に(1865年)薩摩藩の"乾行(けんこう)"となる、..

といったものがあるようなんですね。(5隻目以降は省略します。)
この4隻目の HMS Beagle、薩摩藩購入の"乾行"ですが、私自身が使える資料がないので詳しく書けませんが、これは後に明治政府に献納されて練習艦になったとも言われています。
注:ネット上ではいくつか"乾行"について書いているページもありますが、信頼出来る資料によって自分で確認がとれるわけではないのでネットからの孫引きはしないでおきます。

ひとつ言える事は、"乾行"という命名はとても素晴らしい名付け方であるという事です。当時の武家の基本的文化であった儒教における五経のひとつである易経のなかの説卦伝によれば、"乾健也(けんはすこやかなり)..乾爲馬(けんはうまたり)..乾爲首(けんはかしらたり)..乾天也(けんはてんなり)"というようになっていて、'乾'という語はとても良いものの代表格にあげられるわけですね。"乾坤一擲(けんこんいってき)"という成語に使われる時の'乾'すなわち"天"を意味するわけです。また"乾行"は"健行(すこやかにゆく)"に通じますね。これは単なる語呂合わせではなく、裏付けがあるわけです。いずれにしてもこの命名、背景の文化が香ります。 もっとも、名前のわりには艦としての"乾行"はあまり実際の働きはなかったようですが。

ダーウィンの乗ったビーグル号の方はすでに上であげた私のブログ記事に書いてありますが、300トンに満たない小さな船体でいくつもの大洋を渡った3度の航海を1843年に終えてからは、沿岸警備隊の(マストを外した)固定監視船となり、1863年にはWV7(Watch Vessel 7)と改名され、そして1870年には(おそらくスクラップ会社に)売却されています。
いまでもダーウィンの乗ったビーグル号の木材が一部見える場所があるとの噂もありますが、噂というのはとかく混乱のもとですので、この場合も確認がとれるまでは信じない方が良いようです。


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春分

別のビーグル号は宇宙にも行きましたしね。
(宇宙船ビーグル号はご存知ないでしょうか。)
by 春分 (2007-08-26 20:08) 

さとふみ

SciFi(SF)のビーグル号の存在は知っていますが、他方で"ビーグル2"という実際にイギリスが火星に向かって打ち上げ、着陸に失敗してクリスマスのニュースとして着陸を心待ちにしていたイギリスの子供たちを悲しませたというのもありますね。同じ名前でも辿る運命は様々で..
by さとふみ (2007-08-26 20:27) 

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